
- 目次
1. 物流クライシスとは

物流クライシスとは、人手不足やEC取引の増加などの複合的な要因により、これまで通りの物流サービスを提供するのが困難になる問題のことです。
NX総合研究所は、ドライバー不足の影響により、2030年に日本の輸送能力が全体で19.5%(5.4億トン)不足すると分析しています。加えて、後述する2024年問題の影響も加味すれば、輸送能力が34.1%不足する可能性もあるといいます(引用:「物流の2024年問題」の影響について〈2〉|NX総合研究所)。
このように国内の輸送能力の2~3割が失われれば、私たちの日常生活にも大きな影響が及ぶでしょう。そのため物流クライシスは、物流業界に携わる人はもちろん、一般の人々にとっても重要な問題にあたります。
2. 物流クライシスの影響

物流クライシスは、ビジネス領域と日常生活の双方に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
例えば、ビジネスにおいては以下のような影響が考えられます。
①荷主の売上減少 | 国内の輸送能力が低下し、物流が滞るなどして、ECなどの売上が減少する |
②生産性の低下 | 原材料などの配送が滞ることで、製品の製造などの業務に支障をきたし、さまざまな業種の生産性が低下する |
③運送に関わる業種・サービスの低迷 | 運送業者の絶対数が不足することにより、関連する業種・サービスの利用率が低下する可能性があります。例えば、倉庫会社や高速道路のサービスエリア、ガソリンスタンド、深夜のコンビニなどの利用率の低下が考えられます。 |
また、日常生活においては以下のような影響が発生する恐れがあります。
①配送費用の上昇 | 人手不足に陥った物流業者が賃上げを行うなどして、配送費用に対し価格転嫁が生じる |
②配送サービスの質の低下 | 物流業界の人手不足などの問題により、配達時間を守れなくなったり、再配達など既存のサービスが維持できなくなったりする |
③商品の供給不足 | 物流業界全体の輸送能力が低下することにより、商品を十分に供給できなくなる。食品や日用品、医薬品などの生活必需品に影響が及ぶ可能性もある |
④交通網の麻痺 | 物流クライシスにより、運送業者を確保できなくなると、荷主は自社便や個人ドライバーの活用を積極的に行う可能性があります。 これにより、配送効率の悪い小ロットでのトラック便が増加すれば、交通渋滞が助長され、交通網が麻痺する可能性もあります。 |
3. 物流クライシスが生じる原因

こうした物流クライシスが生じる主な原因としては、以下の4点が挙げられます。
- トラックドライバーの不足・高齢化
- 2024年問題の影響
- EC取引の拡大による小口配送の増加
- 荷主の過度な要求
3-1.トラックドライバーの不足
トラックドライバー不足は、物流クライシスを引き起こす大きな要因の一つです。
全日本トラック協会の資料によると、2022年6月時点の貨物自動車運転者の有効求人倍率は2.01%。求人枠に対して求職者が半分程度しかいないのが現状です(参照:トラック運送業界の2024年問題について p.1|全日本トラック協会)。
また、2023年6月に同協会がトラック運送業者を対象に実施したアンケートによると、労働者が「不足」「やや不足」と回答した企業は58.7%です。同協会は、今後さらに人手不足が進むと予想しています(参照:第122回 トラック運送業界の景況感 p.2|全日本トラック協会)。
こうした人手不足の主な原因としては、トラックドライバーの労働環境の過酷さと低賃金の問題が挙げられます。大型トラックドライバーの年間労働時間は、全産業の平均と比べると432時間(月36時間)長く、また中小型トラックドライバーだと384時間(月32時間)長くなっています。しかしその一方で、年間所得は全産業平均より5~12%程低いのが現状です。このような要因を背景にして、今もなおトラックドライバーの人手不足は進行しています。

出典:トラック運送業界の2024年問題について p.3|全日本トラック協会
3-2.2024年問題の影響
2024年問題は、物流クライシスにつながる大きな要因のひとつです。
2024年問題とは、2024年4月から、自動車運転業務の時間外労働に対する上限規制(年間960時間)が適用されることにより発生する諸問題のことです。
この規制は、もともとはトラックドライバーの労働環境を改善するための政策でした。しかし、前述のとおりそもそもトラックドライバーの年収は全産業平均と比較して低く、時間外労働によって低賃金をカバーしているケースも少なくありません。
全日本トラック協会の調査によると、時間外労働が年間960時間を超えるトラックドライバーは29.1%となっています。

出典:第5回 働き方改革モニタリング調査について p.2|全日本トラック協会
こうしたデータからもわかるとおり、この時間外労働に対する上限規制は、トラックドライバーの離職を促し、慢性化する物流業界の人手不足をさらに加速させる恐れがあります。
3-3.宅配便数・EC取引の急速な拡大
近年、物流における荷物の取扱量は増加しています。2022年の宅配便取扱数は約50億6万個(そのうちトラックによる宅配便は約49億2,500万個)であり、10年前と比較すると約3割近く増加しました。

出典:令和4年度 宅配便等取扱個数の調査及び集計方法|国土交通省
宅配便の取扱数が増えた要因として、最も大きいのはEC市場の急速な拡大です。
EC市場は以前から拡大傾向にあったものの、新型コロナウイルスの影響によって「巣ごもり需要」が増加したことで、その傾向は加速しました。2022年のBtoC-EC市場規模は約22.7兆円と、前年比で9.91%拡大しています。
3-4.荷主の過度な要求
運送会社に対する荷主の過度な要求もまた、物流クライシスを生む要因の一つです。具体的な要求としては、以下のものが挙げられます。
- 厳密な到着時間を求められる
- 荷役作業について機械やパレット等を使用せず、手積み・手卸しの対応しかできない
- 荷役作業に荷主の協力が得られない
こうした荷主の過度な要求は、運送会社の大きな負担となり、物流クライシスの加速につながるでしょう。前述した2024年問題などの物流業界全体に関わる問題は、運送会社の力だけで解決できるものではありません。荷主含めた社会全体で解決に向けて取り組む必要があるといえます。
4. 物流クライシスの対策方法

物流クライシスの対策としては、以下のようなことが挙げられます。
- トラックの有効活用
- 賃上げ・ドライバーの確保
- サービス内容の調整
4-1.トラックの有効活用
物流クライシスの被害を抑えるためには、トラックの有効活用が重要です。
具体的には、以下の4つの手法が挙げられます。
①共同配送 | 複数の物流業者が1つのトラックで荷物を運ぶこと |
②帰り荷 | 配送後の帰り道に荷物を運ぶこと |
③トラックの予約システム | 物流の拠点で発生する荷物の積み下ろしの順番待ちを防ぐため、ドライバーがオンラインで事前に積み下ろしの予約を行えるシステム |
④物流業者間の情報共有システム | 複数の物流業者が倉庫やトラックの空き情報を可視化し、情報共有できるシステム |
加えて、トラックドライバーによる荷物の積み下ろし作業(荷役作業)を効率化する視点も重要です。例えば、パレットやカゴ車単位の配送が増えると、荷役作業にかかる時間が大幅に短縮され、トラックドライバーの負担軽減も実現できます。結果として、トラックの有効活用にもつながるでしょう。
なお、これらの手法を導入するには、複数の荷主・物流業者を巻き込んだ制度設計が必要になります。しかし仕事を受注する側にあたる物流業者は、荷主に対して要望を求めづらいため、制度設計を実装する際は、政府による強いリーダーシップが必要になるでしょう。具体的には、荷主に対して施策の導入計画を立案するように要求を行い、必要に応じて指導を行うなどの対応が必要になります。
4-2.賃上げ・ドライバーの確保
トラックドライバーの賃上げは、物流業界の人手不足を食い止めるために有効な施策となります。
前述したとおり、2024年からトラックドライバーの時間外労働の上限規制が開始されるため、時間外労働によって低賃金をカバーしてきたトラックドライバーの離職が多発すると予想されています。しかし賃上げにより、時間外労働がなくとも十分な賃金を得ることができれば、この離職をある程度抑えることができるでしょう。
ただ、賃上げするうえで課題となるのは価格転嫁です。物流業界には中小企業が多く、また競争も激しいため、価格転嫁を進めるのが困難なケースも多いはずです。そのため物流業界全体は連帯して賃上げを行い、また政府は荷主に対する指導を積極的に行う必要があるでしょう。
4-3.サービス内容の調整
さきほど解説したとおり、近年、宅配便数が急増しています。その中でも特に問題なのは、EC取引の増加に伴う小口配送の増加です。1つの配達先に少量の荷物を運ぶ小口配送が増えると、再配達など付随する業務も増えていきます。
物流クライシスの被害を抑えるためには、少ない人手の中でも業務を回せるように、こうした物流サービスの内容を調整していかなければなりません。具体的には、小口配送などの業者の負担が大きいサービスから、置き配やコンビニ受け取りなど業者の負担が少ないサービスに切り替えていく必要があります。
5. 物流クライシスへの対応事例|丸和運輸機関

物流クライシスの対応事例の1つとしてご紹介したいのは、丸和運輸機関です。
丸和運輸機関は、1973年に設立された中堅物流業者であり、日本におけるEC大手企業アマゾンの配達業務の中核を担う存在です。ヤマト運輸などの大手物流業者でさえリソースが足りずに撤退したアマゾンのEC配達業務を巧みにさばくことで成長を遂げました。2021年3月の丸和運輸機関の売上は7年前の2倍(約1,100億円)にあたります。
丸和運輸機関が大量のEC取引をさばける秘訣は、同社が2015年に設立した団体「AZ-COM丸和・支援ネットワーク(アズコムネット)」にあります。EC取引に関わる中小企業と連携する目的で設立されたアズコムネットは、会員139社でスタートしたした後、2021年には1,500社にまで会員を増やし、強力な物流ネットワークを形成しました。
アズコムネットでは、会員となる中小企業・零細企業に対する様々な支援を提供しています。例えば、配送用車両のリース代の支援や、ガソリン代の大口割引の提供、ドライバーに対する運転技術などの教育、管理者に対する労務管理の教育などを行っています。合わせて、個人事業主として配送事業を始めたい人材を育成する支援も行うなど、人手不足などの物流業界の問題に積極的にアプローチをしています。
急増するEC取引や、人手不足などの問題に対して適切な対処を重ねる丸和運輸機関は、物流クライシスへ対応する好事例ともいえます。
6. 物流クライシスに立ち向かうためには

物流クライシスは、日本社会に大きな影響を与える問題です。
事業者の立場からすると、社会や業界全体の課題はどこか遠い話のように聞こえるかもしれません。しかし、2024年問題が顕在化すれば、EC事業者などは物流面の課題に直面する可能性があります。
そのためにも、まずは物流クライシスは何を指しているのか、具体的にどんな影響が考えられるのか、など全体像を把握することが大切といえます。本記事が、その一助となれば幸いです。